2016年11月14日月曜日

映画『弁護人』 1980年代韓国の「岩」と「卵」/加藤直樹

80年代の韓国を舞台としたソン・ガンホ主演の映画『弁護人』が1112日(土)から日本で公開されている。心を揺さぶられる、力にあふれた作品だ。

物語の舞台は1980年代初頭の韓国・釜山。高卒で、工事現場で働きながら独学で必死に勉強して司法試験に合格、今は夢中で金を稼いでいる税務弁護士のソン・ウソクが主人公だ。激動する時代状況に目を向ける余裕もない彼だったが、なじみの食堂の息子ジヌが公安警察によって罪をでっち上げられたことで、彼を救うために、軍事政権と対決する絶望的な裁判に挑むことになるというストーリー。主人公のモデルは、若き日の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領だ。




重くなりそうな素材を大衆的なドラマにしたてている。前半は商売に励む主人公をほほえましく描く人情コメディのテイスト。だが後半、ジヌとその仲間たちの無罪を勝ち取るための裁判が始まると雰囲気は一転。主人公と検察、公安刑事との法廷での対決が手に汗握る迫力で展開される。

「岩と卵」。それがこの映画のテーマだろう。映画の前半、食堂で酔っぱらったソン・ウソクが、食堂の息子ジヌに「デモなんか行くんじゃないぞ。そんなことをしたって世の中は変わらない。卵で岩を割るようなもんだ」と語るのだが、これに対してジヌはこう反論する。「違います。岩は固くても死んでいるけど、卵は生きている。卵はいつか鳥になって、岩を越えていくんです」。

後半の裁判劇はまさに岩と卵の闘いとなる。 弁護士ソン・ウソクは事実、論理、法律を駆使して独裁政権という「岩」に挑むが、いくたびも砕け散る。しかし彼は決してあきらめない。果たして卵は本当に岩を超えるのか。

もう一つのテーマは「嘘」。政権の嘘。警察の嘘。メディアの嘘。裁判も茶番という意味で嘘。ジヌに加えられる拷問も、彼に嘘を認めさせるためのものだ。だがそうした嘘に取り囲まれていても、ソン・ウソクだけは直球で「本当のこと」を語り続ける。

そんな熱い弁護士の姿に説得力を持たせているのは、いつも不器用な男、場合によっては狂気じみたほど不器用な男を演じてきたソン・ガンホの気迫の演技だ。彼の「顔パワー」が、公安警察幹部さえも動揺させる。

すでに述べたように、この主人公のモデルは盧武鉉元大統領である。その経歴は、おおよそ映画の通りだ。税務弁護士の彼は、先輩に頼まれて面会した学生の体に残っていた拷問の跡を見て衝撃を受け、それをきっかけに熱烈な人権派弁護士に生まれ変わった(なじみの食堂の息子云々はもちろんフィクション)。

韓国で歴代大統領の人気調査をすると、とくに若い世代にダントツの人気を誇るのが盧武鉉だ。庶民的で権威主義を嫌い、権力に正面から挑んだその姿は「パボノムヒョン(バカ盧武鉉)」として今も愛されている。大統領在任中は既得権勢力と対決し、政府から独立した国家人権委員会をつくるなど、韓国の民主化をさらに進めようとした。収賄を疑われての自殺という悲劇的な最後も、既成権力に殺されたようなものと受け止められている。

私が翻訳にかかわった韓国のグラフィック・ノベル『沸点』は、1980年代の韓国を舞台に、ごく普通の学生やその家族たちが民主化運動に飛び込んでいく様を描いた群像劇だが、盧武鉉もまた、そうして行動し始めた80年代の「普通の人」の一人だったわけだ。『弁護人』の主人公ソン・ウソクは、『沸点』の主人公ヨンホと同時代人なのだ。

80年代の韓国では、無数の普通の人々が、理不尽な「岩」に何度も押し返されながら、ついにそれを超えていった。今、崔順実問題で揺れる韓国にもその熱い血が受け継がれている。

卵は鳥となり、いつか岩を越えていく――
映画『弁護人』のメッセージは、巨大に見える「岩」と崩せそうもない「嘘」の前に立つ私たちの胸を熱くする。映画『弁護人』、お勧めである。
(加藤直樹)


特報1
クォン・ヨンソク+加藤直樹/トークショー

19日(土)新宿シネマカリテで13時の回の終了後、『沸点』の翻訳を行った、クォン・ヨンソクさん(一橋大学准教授)+加藤直樹さん(フリーライター)の二人によるトークがあります。
『弁護人』が韓国でどう見られたのか、クォン・ヨンソクさんの話を加藤さんが聞く予定です!

特報2
新宿シネマカリテにて『沸点』販売中!

『弁護人』公開中、新宿シネマカリテのカウンターで『沸点』を販売させていただいております。皆さん、ぜひ鑑賞の際にご購入ください。

新宿シネマカリテ(東京)、シネリーブル梅田(大阪)で公開中。以後、各地で公開の予定。